世界一流シェイパーEric Arakawaと共にわずか1週間程度のスケジュールで来日を果たしていたハワイ出身の弱冠21歳の天才プロサーファー&プロスケーターKalani David!!

そんな彼が4/18(金)に湘南を訪れた。

ちょうど低気圧が通過していたことから、波が上がる可能性もあったが、波はあいにくの小波となり、ハワイアンであるKalani Davidのサーフィン欲を駆り立てるほどではなかったので残念ながらサーフセッションはなし。

しかしながら、サーフィンとスケートボードのカルチャーが浸透する湘南ならではの、鵠沼にある鵠沼プールガーデンのスケートパークにて、Kalani Davidのスケートボード・セッションが決行された!

鵠沼プールガーデンのスケートパークには、ワールドクラスの大会が開けるほど質の高いコンクリート・パークが造られたばかりで、さすがのKalani Davidもこの日の湘南の波にはがっかりした様子であったが、面ツルのパーフェクトなコンクリート・ウェイブを目の前に、いてもたってもいられなくなり、早速スケートセッションを決行!

軽いウォームアップを済ませ、体もあったまってきたところで、初っ端からこのコンクリートパーク最大の難所であるプールコーピングのコーナーのセクションで鬼の高さのスティールフィッシュ・エアを披露。

思わず歓声を上げてしまうほどの1発に、Kalani Davidのすごさを改めて痛感させられる。

 

初めて滑るコンクリートパークで自分のラインを徐々に見つけていくかのごとく、軽くクルーズしては何かひらめくと

「次はあのセクションでこの技をやるからOK?」

「了解しました!ではこの辺からカメラを構えます。」

そんなやりとりをしながらいくつかのセクションでショットを抑えていく。

こちらは先ほどのスティールフィッシュエアと同じプールコーピングのコーナー・セクションでのフル流しフロント・スミスグラインド。

スピードがハンパない。

 

さらにこのコンクリートパークで、プールコーピングに並ぶハードコアなセクションであるトンネル越えセクションに狙いを定め、

「そこでバックサイド・スミスやるからどっかいいアングルで構えて!」

「了解しました。」

ライン取りの邪魔にならないよう、パークのボトムまで降りてカメラを構える。

まずは1トライするが、コーピングがトンネルのアウトラインに沿って緩やかな山形をしているため、これが予想以上に難しく、グライドしてアウトするところでワイプアウト。

このセクションはさすがのKalani Davidにとっても手強いらしく、その後何度かトライするが、ことごとくワイプアウトを連発。

何回目かのワイプアウトでケツをハードにぶつけたらしく、しばらく痛そうにしていたので、さすがに大怪我をされては困るなと思い、

「どっか他のセクションで他の技にトライする?」

と聞いてみるが、

「いや、思ったより怖いなと思っただけ。でも必ずメイクする」

と言って聞かない。

ならば最後まで付き合おうじゃないかということで、そのままのポジションでカメラを構えることに。

いつの間にかパークにいたキッズたちが集まってきて、Kalani Davidの滑りにクギ付け状態となっているところで、それでも2回ワイプアウトを繰り返し、しかし、それでメイクできるラインが見えたのか、3度目の正直でこの手強いセクションでのバックサイドスミスをメイク!

 

「うぉーすげー」

キッズたちもこの1発に歓声をあげる。

気がつくとお昼をとっくに過ぎており、お腹が空いたということで湘南某所の美味しい料理やでEric Arakawaと共に高級刺身定食に舌鼓を打つ。

ハワイアンのKalani David、意外にも魚料理が大好きらしく、特に刺身は大好物とのこと。

釣りも大好きなようで、料理が来るまでの間自分が今まで釣ったでかい魚の写真をiphoneで見せながら、釣り話で盛り上がる。

 

 

遅めの昼食を済ませたところで、波のない湘南を後に、この翌日に静岡エリアを代表するサーフショップ”Jack”にてEric ArakawaによるArakawa surfboardsのオーダー会が予定されていたことから、ちょっと早めに静岡へ向かうことに。

夜はJackの方々と一緒に晩餐会となり、この日は翌朝のサーフセッションに備え早めに就寝。

しかし、この時、迎える翌朝に、衝撃的な現実がKalani Davidを襲うことを誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

yoge
サーフィン・プレビュー/吉田憲右著・泉書房、古都鎌倉ミステリー旅/吉田憲右著・コスミック出版など数々の書籍を発行し、2000年にTRANSWORLD SURFの外部スタッフとなったのをきっかけにメディア界に参入。 2001年から2009年10月まで月刊SURFING WORLDの編集部兼カメラマンとして勤務。 その経験と共に、第1回NSA東日本サーフィン選手権大会Jrクラス3位、2年連続THE SURFSKATERS総合チャンプなどテストライダーとして培ってきた経歴を活かし、サーフィンを軸としたスケートボード、スノーボード、ミュージック、アート全般をひとつのコーストカルチャーとしてとらえ、心の赴くままにシャッターを押し、発信し続ける。 >>>出版物 >>>プライベート撮影問い合わせ