Photos by colorsmagyoge. Text by yy.

cyxborg

 

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ヒトはどうして生まれそしてなぜオノレを生き苦しみにくしみ悲しんではなかく

はててここでバニッシングポイント切れて終止なのか。オマエ知ってるかよ。

オレは知らん。生きあることがオノレの道とワレも也道ゆかん。人生はあ

ら志に全活かけてこれがオイラの生きあるみ道よバカ丸出しで活SPORTS

歩ART FORM, LIFE SYTLE. オイ忘れるな夢夢にてもなお、面白楽

しく仲間よく生きんも死ぬもみな一つなり。それがわからにゃ産まれてくるな。

イヤならみんなヨッチョレヨ、高知の城下に来てみいや。

CYXBORG LAST ISSUEより

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急遽羽田を出発してから約一時間半、

午後にはクリスチャンは高知龍馬空港降り立っていた。

突然の我々の訪問を快く受け入れてくれた高知のローカルと合流し、

海岸線を西へと走らせる。

波が小さいのは周知の事実ではあったが、

二時間ほど車を走らせた所にあるビーチへと辿り着く。

ローカル達が談笑する海辺の脇に佇む小屋の景色からは、

腰胸ほどの波が割れているのが見える。

決して大きくは無いが、数日続いた慌ただしさをリセットするには、

パドルアウトが必要だった。

ここでもクリスチャンは、気さくに初めて会う人々と会話をし、

写真を一緒に撮り皆を笑顔に変える。

パドルアウトはしたものの、数本も乗ることなく直ぐに海からあがり、

小屋で談笑していたローカル達と交流する。

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この旅はウネリを追いかけ奔走しエピック波を掴む旅ではない。

ミッションはあるが急ぐ必要も無い。

それを理解するクリスチャンと我々は

ゆっくりと流れる高知の時の流れにしばらく身を任せた。

 

「よう、やっと上がってきたか、さっきビールをあそこのローカルからもらって飲んでたところだ、

のどかな場所だな。ここが西の生まれ故郷か?今日はこの後どうする?」

 

「どこか宿を見つけないとですね、さっき会ったローカルの方が泊まって良いって言ってくれてます。

また二時間ほど戻らないとですけど、お寺だそうですよ、お言葉に甘えますか?」

 

「マジか?!寺に泊まれるのか?それゃあファッキンクールだ!ぜひ今からそこへ行こう!」

 

思いつきなのか、呼び寄せられたのか、兎に角突然の訪問であった今回の高知への旅。

幸運にも快く迎えてくれたローカルの誠くんが宿泊先まで提供してくれた。

しかも寺院である。

せっかくの好意に甘えて、

高知市内に所在する東本願寺土佐別院に向けて車を走らせることとなった。

親鸞を宗祖とする浄土真宗は800年ほどの歴史を持ち、

西本願寺と並び、ここ東本願寺はに日本人には親しみの深い仏教の宗派である。

と言った東本願寺の深い歴史と概要を、大幅に割愛された薄口な説明をクリスチャンにすると。

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「ホワット!?800年か!すげぇな、アメリカには800年も続いたものなんて何もないぜ」

 

「まあその前にアメリカは800年前は国じゃないッスからね…..」

 

「そんなことは分かってんよ、けどアメリカなら取り壊して全部新しくしちまうぜ、

日本人は昔からの文化を大切にして新しくクールなもんを作るな、

そこが俺は気に入ってんだ温故知新だよわかるか?」

 

「ええ、Nisiさんもよくその言葉言ってました、

きっと先輩が歴史ある建造物とか好きなのはNisiさんの影響ですね」

 

「そうだな、奴には色々連れていってもらったよ、

だから今回は俺が連れて行ってやってんだ、そんで明日はどうする?」

 

「明日は生家の住所を尋ねてみますか?

誰が住んでいるかも分からないですけど、一応行くだけでも….」

 

「分かった、予定通り全部行ってみよう、

その後は全部おまえに任せるよ、じゃあまた明日だな….」

 

若い頃からクリスチャンは来日する度にNisに連れられ

鎌倉や様々な場所の神社仏閣を訪れていた。

その度に日本文化の深さを学び、歴史に興味を持ち、

道徳心や死生観等の日本人的思考に影響を受けていた。

クリスチャンの日本文化への理解の源が、

西海岸ボードカルチャーの先駆者であるNisiによるものであるのは、

少し不思議な気もするが、断片的かつ平面的には理解できない

Nisiの人物像を表している一つの話しでもあろう。

一夜明けた翌日、クリスチャンと我々は生前親しい人以外は、

Nisiからはあまり多く語られることはなかった、

生家へ訪れることを決めて就寝した。

 

翌日、お世話になった東本願寺を後にし、

市役所から聞いたNisiの本籍を元にローカル達の協力を得て、

おそらく出生地であろう現住所まで訪れることができた。

実はクリスチャンは湘南からNisiの遺骨も携帯していた。

一緒に旅をする約束だったからという理由と

Nisiが生前に親しい人によく語った故郷の話しと、その望郷の念を叶える為だ。

更にもう一つは老婆心ながらもし誰かそこに親族がいるであれば、

Nisiが人生を全うした事実と多くの仲間に囲まれて

無事に戒名まで頂けたことを伝える為に。

しかしながら、辿り着いた家には数十年は誰も住んでいる形跡もなく、

また近所の住人も何かヒントになる手掛かりを知る人はいなかった。

少し残念な結果ではあったが、ぼんやりと目の前にある家を見つめていると、

誰もいないその家からはそこに住む少年時代のNisiが少しだけ想像できた…..

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「どの辺りだ?結構街だな、ここが奴の生まれた街なんだな?」

 

「もうすぐだと思います、持ってる本籍と調べてもらった現住所だと….あっこの家です!」

 

「誰かいるか?どう見ても誰もいなそうだな、

完全にホーンテッドハウスだ、何年も人なんて住んでなさそうだぜ?」

 

「近所の人に聞いたけど、分からないそうです。随分前から人は住んでないみたいですね….」

 

「まあ、ここまで来きて、家が分かっただけでもいいよ、もしここが実家だとしたら、

俺たちが尋ねて、連れて帰って来てやっただけでも喜んでるんじゃねえのか?

おーいNisi聞いてるかぁ~? 聞いてるなら返事しろ~!」

 

「残念でしたね、でも何となくですけどこの家に住んでいた気がします….

これからどうしましょうか?」

 

「そうだな….海にでも行くか?奴も故郷の海がきっと見たいだろう…..」

 

結局、それがNisiの生家だったのか真偽のほどは分からなかったのだが、

何かまた一つ大事な役目を終えた気配を見せるクリスチャンは、

すこし考えた様子で海に向かおうと言う。

もちろん最初から海には向かうつもりだったのだが、

でも誰かが言い出さないと誰も動く気配は無い雰囲気だった。

台本も予定も無い旅だけど、次に向かう海でなんとくだけど、

何が起るのかが想像がついたから…..

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土佐藩の名残りが今と昔を融合させる高知の城下町を走り抜け、

クリスチャン達を乗せた車は近くの海へと向かう。

道中はさっきまでの少しだけ神妙な佇まいとはうって変わり、車中ではしゃぐクリスチャン。

どこで手に入れたのか、ロケット花火を空や車に向けて発射する。

7月4日の独立記念日以外はアメリカでは所持も使用することも違法な花火。

日本ではどこでも手軽に購入できるので、かなり嬉しくて密かに購入していたようだ。

けれども友達や車に向けて発射するのは日本でも違法と言うか、

そもそも世界中どこの国でもダメな行為であるのだが。

 

「日本はやっぱりサイコウだな!花火を打っても怒られないし」

 

「イヤ、日本でも花火を友達や外に向かって打つのは全然ダメッスよ!

暴走族じゃないんだから~!

それ90’sのNisiさんと一緒の時ならありえるけど、

今の時代とか自分達そういうのやって無いッスから~!」

 

「やっぱり日本はファッキンクールだ!ハッハッハッー!!!」

 

元々イタズラ好きで人を喜ばせることが大好きな

生来のエンターテイナーなクリスチャン。

80年代後半スターダムに乗り上げたクリスチャンは時代のあだ花か、

はたまた後世に伝えるべき革新的なパイオニアなのかは、

当時はまだ意見が分かれるところであった。

一部のジェフ・ブースなどのコンペ指向のサーファーからは、

声明文として雑誌SURFERにクリスチャンのようなサーファーは

メディアが取り上げるべきではないと寄稿されたり。

今思えばその今迄に無かった独創的スタイルと発言は、

多くの的外れな意見に巻き込まれる格好の対象となった。

そんな的外れな意見の中、元来持ち得たユニークな

キャラクターは次第にメディアに操作され、奇行のみを取り上げ、

発言をネガティブに湾曲され伝えられることも多くなった。

そして好奇的な目線で彼を評価する、

人々が多くなる中でまだ20代前半であったクリスチャンは、

多くのスターダムを駆け上がった人々が経験する様に、

転げ落ちる様に人生のダークサイドと向き合うことになってしまう。

 

そんな袋小路に詰まった時さえもNisiは、

常にクリスチャンが持つ深い人間性を理解し親友として付き合い、

またクリスチャンもNisiが持つ本当はシャイで、

どんな人に対しても面倒見の良い優しさを理解していた。

 

人種、年齢、環境を越えて長い間、理解しあってきた二人。

 

クリスチャンのボードショーツのポケットの中で一緒に旅を続けるNisi。

わざとなのかイタズラで騒ぎ、それとなく気分を紛らわしてみたものの、

隠していた別れの気配はだんだんと近づいてきている…..

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はしゃぎしながら河口を望む海へと到着すると、そこには夏の陽が照りつけ、

誰もいない、さざ波一つ無い、蒼い海が目の前に広がる。

岸辺には座礁した漁船かディンギーなのか一艘の船が横たわっている。

少しだけ無口になってきたクリスチャンと我々は、

その座礁した船を沖へと押し出す。

なぜか、船にはまるでスケートボードのウィールのように

横に四つの穴が開いていた。

沖に運んだ船に皆で乗り込こむ。

そして何かを決意したようにおもむろにクリスチャンが立ち上がった。

それを悟って我々も船から飛び降り岸へと戻る。

 

ひとり船上に残るクリスチャンはポケットからNisiの遺骨を取り出した。

故郷の海へとNisiとその魂を戻すために。

走馬灯のごとく溢れて出て来る、抑え切れないNisiとの思い出に

僅かにためらいつつ、意を決したのか、

握りしめていたNisiの遺骨を、天高く、解き放った。

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「Good bye Nisi!!!」

 

それはほんの一瞬で、実際にはコンマ何秒のできごとであった。

が、Nisiの遺骨を投げ放った瞬間のクリスチャンの顔が、

とても寂しそうに見えた。

いままでには見たことのないその表情に、

思わず胸が締め付けられつつも、

永遠に広がる水平線の先で割れた波が、

まるでNisiからの返事のように白波となり、

やがて儚くも消えてなくなった。

Nisiの遺骨が海に沈むまでを見届けたクリスチャンは、

船から飛び込み、岸を目指して泳ぎはじめた。

 

“今、27年前のモノクロームの思い出が再び色づき始める…”

 

それは二人の27年間に渡る長い友情の物語に一つの終わりを告げた瞬間でもあった。

 

あの日、部原海岸に降り立ったカリフォルニアからの少年は、

人生の栄光も挫折も喜びも悲しみも経験し大人になった。

その少年を迎えに来た日本人は、人生を誰よりも早いスピードで

自由に駆け抜け、そして人々に忘れ得ぬ記憶を残した。

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船を沖に置き去りにしたまま、クリスチャンは戻って来た。

しばらく無言であったが、おもむろに足下に転がる流れ着いた

柑橘類の果物を拾うと、キャッチボールをするように投げつけてきた。

我々、いや僕たちは少しの間だけ、誰が言い出すわけでもなく、

唐突に少年のようにはしゃぎ、騒いた。

それは今日体験した不思議な何かを忘れる為なのか、それとも絶対に忘れない為なのか。

振り返ってふと沖を見つめると、さっきまで沖にあった船はもう消えていた。

きっと4つの穴から水がしみ込み沈んだのかも知れない。

でもそれはまるでNisiがスケートボードに乗って、

2度と戻らぬ新たな旅に出たかのようにも思えた。

 

「おいっ!今の見たか? さっきあった船が消えたぞ!

もしかすると沈んだかも知れないけど、不思議だな?

奴がスケート代わりに乗って行ったんじゃねぇか?」

 

「そうッスね、沈んだかもしれないけど、でもホント船があること事態、

出来過ぎな話しだし、安っぽい言い方かも知れないけど、感動的な瞬間でしたよ、

胸がつかえるって言うか何て言うか、一生に一度の経験ってこういう事ですね」

 

「俺も同じだ、これはワンス・イン・ア・ライフタイム・エクスペリエンスに違いない!

全部奴が仕組んだ筋書きだぞ!」

 

「これだけ、弔いしてあげればNisiさんも喜んでると思いますよ。

流石ッス、男の中の男、カッコいい!」

 

「まあな、あいつは枕元に出て来るタイプの奴だからな、

生きてる時からバケモンみたいに強かったし、

これだけしっかり弔っとけば、化けて出てこないだろ? 

お化けに会わないために供養は徹底的にするもんだぜ!」

 

「やっぱし、最後の最後までトーキンシットですね先輩は…..」

 

こうしてNisiとの大切な約束を果たし終えたクリスチャンは、

同行してくれたローカル達にお礼を告げ、一路湘南へ戻ることにする。

海を隔てた向こう側では数千人以上が集う

ジェイ・アダムスの追悼セレモニーが開催された頃であろう。

それとは対照的にたった一人、

二人の盟友の人生を讃えに一人ここ高知県に辿り着く。

クリスチャンらしいと言えば彼らしい行動ではあるが、

逆にこんな事はクリスチャンにしか出来ない事であろう。

 

過ぎ去った時が今よりも、眩しかったとしても、生きてる限りすべて皆、

先への人生を歩まなければならない。

それぞれの過去や思い出を振り返りながら、

飛行機は高知を離陸する。そして少しづつ思い出の回想が、

現在へと移り変わっていき、羽田へと着陸する頃には、

また未来への人生を歩まなければならない日常へと戻る。

 

荷物を受け取り、空港のドアを押し開け日常というの絵の中へ歩きだす。

そしてピックアップした車に乗り込みクリスチャンと共に湘南へ戻ろうとすると….

 

「おいっ!今日はやっぱり六本木の友達の店にいくぜ!」

 

「あっそ、今更別に何も驚きませんよ、でも流石にそこまでは付き合いませんから….

明後日早朝の飛行機乗り遅れても知らないッスからね….」

 

「ダイジョウブ!モンダイナイ!マタアシタ!」

 

と言い残すと駅の改札へと続く階段にクリスチャンは消えていった….

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Photo by Taisuke Yokoyama.

 

 

LIVE FAST DIE LAST! 

 

A special thanks to all friends around the world.

ご協力頂いたお一人お一人の皆様へ、感謝の意を込めて….

 

-Friends from Japan-

 

Mituhiro Numata
Taisuke Yokoyama
Toshiki Tanaka
Riku Emoto
Mami Ikeda
Shunichi Kishi
Toshiro Izawa
George Cockle
Takayuki Ohno
Shigeo Morishita
Mitsuyuki Shibata
Hidefumi Yokoyama
Toshio Shiratani
Ichiro Naruse
Tadao Hasegawa
Keiichiro Mukai
Yoshuya Okada
Daisuke “halu” Nishida
Kotaro Inoue

 

-Surf Skaters-

 

Masahiko “Cuts” Katusmata
Maki Claude
Jun “AJ” Abe
Akira “720” Takahashi
Akira Kinoshita
Akira Kishi
Atsutoshi Maeda
Kenta Iijima
Noah Maki
Kiyotaka Ando
Naoto Hozumi
Kensuke “Yoge” Yoshida
Shunji Takashima

 

-Friends from Kochi-

 

Koji Yasuwaka
Nobumichi Sento
Makoto Shimasaki
Kenji Ohtani

 

-Friends at CYXBORG party-
Dolce Aereo
Blue Vintage
Akira “Jet” Nakaura
Takao Niikura
Atsushi Ishida

 

-Supporters-

 

ASTRODECK
BLACK FLYS
MAD HOUSE CUSTOMS
YTS AMUSE
PIC
VOLCOM JAPAN
HURLEY JAPAN
OCEAN GLIDE
T19
TUSK
SSJ
LIBE
ART FCT
THE SURFER’S JOURNAL JAPAN
SURFERS
INTERSTYLE
INDX DESIGN
GSM JAPAN

 

-Friends from oversea-

 

Christian Fletcher
Jay Adams
Christian Hosoi
Dave Reul
Ed Reategui
Simon Elbling
Kien Lieu
Dave Duncan
Jack A Martinez
Scott Pritchett
J Grant Brittain
Tim Bessell

 

MASANORI “DEVIL” NISIOKA
September 19,1952 – July 23,2014

 

 

 

 

 

yoge
サーフィン・プレビュー/吉田憲右著・泉書房、古都鎌倉ミステリー旅/吉田憲右著・コスミック出版など数々の書籍を発行し、2000年にTRANSWORLD SURFの外部スタッフとなったのをきっかけにメディア界に参入。 2001年から2009年10月まで月刊SURFING WORLDの編集部兼カメラマンとして勤務。 その経験と共に、第1回NSA東日本サーフィン選手権大会Jrクラス3位、2年連続THE SURFSKATERS総合チャンプなどテストライダーとして培ってきた経歴を活かし、サーフィンを軸としたスケートボード、スノーボード、ミュージック、アート全般をひとつのコーストカルチャーとしてとらえ、心の赴くままにシャッターを押し、発信し続ける。 >>>出版物 >>>プライベート撮影問い合わせ